なりたいけど書きたくない!

小説家になりたいけど、書きたくない私が、どうすれば書き続けられるのかを模索していくブログ。

〼紐とシミリとメタファーと

執筆自体が楽しい、という域まで努力で持っていった私ですが、ここから先は努力しなくてもいいと思うと気楽です。

ですから執筆に対しては、私も好きに書くからみなさんも好きに書いてね、というスタンスですが、学んだことを共有することに吝かではありません。

今回お話するのはレトリックについて。

タイトルにもあるシミリとメタファーですが、意味はご存知ですか。そうですね。直喩と隠喩です。

しかし私はつい最近までメタファーという言葉自体が意味不明で難解なメタファーに感じていました。メタファーという言葉と出会うたびに、メタファーってなんだろうと思いつつスルーしてきました。

しかし佐藤信夫氏の『レトリック認識』と『レトリック感覚』を読むことによって、なるほどなーと、メタファーをなんとかシミリまで落としこむことが出来ました。完全に理解してるとは言いがたいので、感覚的にしか説明できませんけど。

まず、レトリックというのは修辞、言葉の「あや」のことです。

美辞麗句に懐疑的な現代的価値観によって排斥されてきましたが、伝えたいことをストレートに伝えたいなら逆に、まわりくどく修飾しちゃうのが正解の場合があります。

まずシミリですけど、直喩という名の通り、直接的な比喩のことです。前回の記事のタイトルなんか、もろ直喩ですね。ぼたもちの如き計画。つまり「〜の如き」とか、「〜のような」みたいにA≒Bで表す方法がシミリです。

対してメタファーは、式で表すとしたらA’(≒A)です。もうAをA’だと言い切ってしまうんですね。ちゃんと使いこなせてるかわかりませんが「またぼたもち腐らせてるね」というのが隠喩です。何が言いたいかというと「また自分に甘い計画立てて締め切り破ってるじゃん」ということです。うう、耳が痛い。

あやの複雑さ順に並べると、修飾なし、直喩、隠喩という三段活用になります。ホップ、ステップ、ジャンプ! スッピン、シミリ、メタファー!

どれが一番いいということはないのでケースバイケースで使い分けましょう。シミリは多用しがちなので抑えて、一番伝えたいことをメタファーで隠してやると、読みやすく心に響く文になるのではないかなー、と思っております。

あやとりで言うと、修飾なしの文はただの紐で、より複雑にしていくほどシミリ、メタファーとなっていきます。

しかしあやとりなので、ちゃんと解けるようにしとかないとダメですよ。ぐちゃぐちゃに絡まってしまうと、あやとり失格です。「こんなに複雑なのに解けた!」と受け手を楽しませてやりましょう。

レトリックは平たく言えば喩え話です。小説を読んでても学べますが、お笑い芸人のツッコミが参考になりますよ。なんでやねん! も面白いですが、例えツッコミはかなり勉強になります。

というような小難しい知識だって、あやとりだと思えば怖くない。楽しみながら上手になっていきたいな。