〼想像力を使って遊ぼう

想像力の話をしましょう。ここで私の言う想像力とは、統合失調のことです。統合失調症ではありません。統合失調です。

統合失調は誰しもが備えてる脳の機能です。

統合を失調する。まず統合ですが、これは頭の中にある記憶を意味のある文としてまとめる能力のことを言います。

三年前。冬。彼。別れ。という記憶のパーツを組み合わせ、三年前の冬に彼と別れた、と記憶を統合させることによって、人は過去の記憶を再現し、思い出すことができます。

では失調とはなにか。平たく言えばバクです。現実に起きていないことをさも現実で起きていることのように捉えてしまう。これが失調です。

統合を失調するとはつまり、脳が生み出したに過ぎない妄想を現実だと思いこむことです。

三年前の冬に彼と別れた、というのは「今」脳内で構築された「過去のようなもの」に過ぎないのに、それをあたかも今起こっていることのように感じるから、悲しくなって涙が溢れてしまうんですね。

未来のことも同じです。まだ起こってもいない先々の期待や不安を、私たちは統合することによって、それがすでに確約された現実であると失調してしまうんです。

想像力の強い人は、老後が心配になりやすいかもしれません。寝たきりのせんべい布団の上で孤独死、という未来を先取りして体験しちゃうんですよね。だからほら、いま我慢して働かないと将来餓死すると思い込んでる。


未来にとらわれ、過去に縛られ、今を生きることができないのは統合失調のせい、というか、使い道を間違ってるせいです。

数年後どうなってるかさえ予言できない私たちの想像力なんて、たかが知れています。確定もしてない未来に備えるよりも、その都度フットワーク軽く対応していくほうが生き残れます。

過去のトラウマに縛られるのも同じこと。親にこう育てられたから、いじめられたから、勉強してこなかったから、などという「過去のようなもの」が「今」の行動や可能性を邪魔していると思うのは錯覚です。過去は現実じゃなくて脳が生み出した妄想なんですから。

ふむ、極論に聞こえますね。だけど想像してみてください。過去と未来と今、どこで生きるのがあなたにとっての幸せなのかを。


統合失調はべつに悪者ではありません。起こっていないことを現実のように錯覚する能力があるからこそ、私たちは本を読んで感動したり、手に汗握ったりできるのです。

つまり私が言いたいのは、想像力は仕事や人間関係や将来のことではなく、娯楽に使いましょうねということです。

大丈夫ですよ。餓死なんてしたくてもできないんですから。

想像力、統合失調はもはや、安定ありきの変動の現代社会で生きる上では無用の長物です。

もっと何千年も経って人類が進化すれば、統合失調機能自体なくなってしまうかもしれませんね。

だから今のうちに遊びましょう。想像力は楽しいことにだけ使いましょう。そうして生まれた作品が、ひょっとしたら何千年後かの人々の想像力を甦らせてくれるかもしれません。


という、想像と妄想のお話でした。またね。