〼有り余る自由の不自由

10日間の休日があったら何をしますか。まもなく10連休ですね。いえーい。パーリーの幕開けだぜ。

とまあ、ここぞとばかりに楽しんでやろう、なんて思うのが普通ですよね。多数決になったらみんながウェーイと手を上げそうです。

しかし私は不安で仕方ありません。過ぎたるは及ばざるが如し。多すぎる自由はかえって毒です。

致死量の自由。日食なつこの新曲を聴きながら、ふと考えてみたわけです。

いつも時間がほしいとは思っているけど、いざ与えられたら私は使いこなせるのかと。

在りし日の自分を振り返ってみると、勝算は低そうです。あのころは時間が有り余りすぎて際限なくだらけてましたからね。犬か私は。

いまならなんとか有意義に過ごせるかもしれない、とも思うんですけど、自信がありません。

私が自由だと思ってきた自由って、じつは相対的なものだったんですよね。人生の大半を不自由が占めていて、その残った部分が自由だと思い込んでいたのです。そりゃ休んだり遊んだりしなきゃ損だと考えるのも当然です。

しかし本当の自由とは絶対的なものなんですよ。私自身の価値観に基づいて選択し行動できる。それがいま私が求めている自由です。


話は戻りますが、時間がありすぎると人はだらけがちです。夏休みがいい例でしょう。宿題を終わらせなきゃいけないことはわかっているのに、最終日になって家族に手伝ってもらう。身に覚えがあるのではありませんか。私はあります。

人は与えられた時間によって、無意識に仕事を引き伸ばしてしまいます。これをたしかパーキンソンの法則といいます。ご存知ですよね。小学生の頃に夏休みの宿題で学んだはずです。(知らない方は家族にやってもらったか、答えを丸写ししたのではありませんか?)

3日で終わるはずの仕事に10日あてがうと、別にやらなくてもいい作業を増やしたり、単純にサボったりして、10日かけて仕上げようとしちゃうらしいです。夏休みの宿題も最初にやってしまえば楽なのはわかっているのに。

これを打ち破る最善の方法は、今にフォーカスすることです。今日だけ頑張るんです。明日も頑張ろうとは思わずに、明日になったら今日も頑張ろうと思うことです。もういっそ頑張ろうなどと考える暇も与えず、起きたらさっさと行動してしまうことです。

というわけで、しばらく暇なんですよね私。相対的な自由に呑み殺されないように気をつけます。