なりたいけど書きたくない!

小説家になりたいけど、書きたくない私が、どうすれば書き続けられるのかを模索していくブログ。

〼小説の才能査定ランキング

さて、十七音にどんな思いを込めるのか。

私はテレビはほとんど見ないんですけど、プレバトはたまに見ます。俳句のコーナー面白いですよね。公開処刑ではなく個人授業なら、ぜひとも夏井先生の査定を受けてみたいものです。

俳句と小説はこれまたかけ離れていますが、どちらも文字を使った表現。参考になる部分も多いです。

歌詞もそうですけど、字数が限られてるのが小説との大きな違いですね。制限は物語を詩に変えてくれます。

夏井先生が褒めるのは主に、語順、映像、発想の飛ばし方、あとは助詞の使い方などでしょうか。

語順と映像はひと括りにすると、要するにカメラワークのことですね。まずはピンポイントで対象をアップに映し、そこからカメラを引いて世界を広げる、という手法がお好みのようです。欠かさず見ているわけではないのでサンプルが少ないんですけど、つまり自然な動きで映像が浮かぶかどうかが才能アリナシの分かれ目なのではないでしょうか。

これは俳句の性質上、読み手に委ねる部分が結構大きいように思います。想像力をオフにして読むと俳句はただの十七字の羅列と化してしまいます。

その点、小説はいくらでも言葉を尽くせるので、やろうと思えば読者に想像力の付け入る隙を与えないくらい、完璧に説明できてしまいます。

そのへんの塩梅が難しいですよね。一から十まで説明されるのも楽でいいんですけど、「あっ、書かれてないけどこういうことが言いたいんだ」と発見するのが読書の楽しみでもありますから。

夏井先生がよく用いる例えのように、カメラワークが重要なわけです。例えば空だって、ちょっとカメラを下に向けて鏡になった水たまりを映せば、雨上がりであるという情報を最小の描写で説明できるのですから。

推敲をするときに夏井先生がそばにいたら、どんなに捗ることか。私の小説なんて最終的には、十七音に圧縮されてしまうかもしれません。それはちょっと困りますけど。

小説の才能査定ランキング〜、なんてコーナーは当分できそうにありませんね。宿題の量が多すぎますし。

いつか才能アリの段に座って、「直しなんていりません」と太鼓判を押してもらえたらいいなあ。と、録画したプレバトを見ながら思う今日このごろでした。