〼礼法室のメトロノーム

私の最初の読書体験は、中学二年の頃でした。小説家を目指すような人間は幼少期から本の虫だと思われがちですが、私に関してはそんなことはありません。むしろ外で走り回るような子でした。

きっかけは担任の先生が貸してくれた本です。

中学一年の頃に父を亡くした私は、しばらく引きこもっていました。なんとか学校には通うようになったものの、教室はおろか保健室にすら顔を出せず、日がな一日礼法室で過ごしていました。

ところで、礼法室ってどの学校にもあるのでしょうか。要するに和室なんですけど、茶道部が使用したりする部屋なので、結構広いです。教室よりも広かったんじゃないかしら。そこでずっと、一人で過ごしてたわけです。


ゲームやパソコンを持ち込むわけにもいかず、勉強をする気も起きず、グラウンドで体育に励むクラスメイトたちを眺めるのも惨めだったので、考え事くらいしかすることがありません。

私も多感な時期だったので、身内の死のショックも相まって、生き死にについてばかり考えていました。死にたいとも思わないけど、生きたいとも思わない。感情の振れ幅がどんどん少なくなっていって、まるで止まったメトロノームのように、進まない時計の針をじっと見つめていました。


私の針を動かしてくれたのが、先生の貸してくれた本、というかその先生だったのです。彼女も仕事で忙しく、たまに顔を出しても私がろくに返事もしないので、随分苦労をかけてしまったと思います。

彼女は国語の先生だったのですが、私の勉強が遅れないようにと、他の教科も一緒になってみてくれました。

しかし私は生きることの意味すら見失っていたので、その先に広がる未来とか、受験のための準備である勉強などに、まったく興味が持てませんでした。

だけど、そこはさすが国語の先生。得意分野の授業は、いま思うと私にもわかりやすく噛み砕いて教えてくれていたのかもしれませんが、とても面白かった。もう叶わぬ願いですが、ちゃんと教室で聞いてみたかったな。

夢中になって教科書の例文を何度も読み返す私に、先生は本を貸してくれました。生まれてこの方、文字ばかりの本に縁のなかった私は、最初は敬遠しました。

しかしなんといっても暇です。ずっと思考の堂々巡りも疲れるし、かといって勉強もしたくない。私は自然と、先生が置いていってくれた本に手を伸ばしました。


それからは時間が過ぎるのが早かった。登校時間を遅らせてこっそり礼法室に行き、昼休み後にそそくさと帰る私が言えた立場ではありませんが、あの頃は本当に時計の針が進むのが遅かった。暇つぶしがてら手にとった、あのたくさんの物語と出会うまでは。

先生が貸してくれたのは、ゲド戦記や西遊記など、ファンタジーものが主でした。

そのうち私は自分でも書店に足を運ぶようになり、どうせ使うあてもないお年玉は、すべて本につぎ込みました。


小説家になろうと思い始めたのも、その頃からでしょうか。進路のことを聞かれても何も答えられない私に、先生はあれこれと押し付けるようなことはしませんでした。もちろん小説家になれとも言わない。

だからこそ私は、小説家になりたいという夢を見つけることができたのでしょう。

その後もしばらくは惰性で、止まったメトロノームのように暮らす日々が続いたわけですが、生き死にについて考えることはなくなりました。生きる意味がおぼろげながらも見えてきたのですから。


小説が引きこもりを救ってくれる、なんてことは言いませんけどね。その後も私は何年にも渡って、引きこもり続けてきましたから。むしろ本を与えられたことによって、インドアに拍車がかかってしまったのかもしれない。

ですがまあ、それはなるようになるんですよ。私の場合は根が楽天的でしたから。考えこむことはあっても、なかなか悲観的にはなれない。真剣に悩むことができないという、それが弱点でもあるのですが。

あの礼法室で過ごした時間が私を作ってるんですから、無為に思えていた青春も、遠回りに思える道のりも、まあ無駄ではないのでしょう。


止まってしまったメトロノームだって、壊れたわけじゃありません。また正しく時を刻めるように、ちょっとずつ、ちょっとずつ、着実に。