〼響の方法は響かない

「響 〜小説家になる方法〜」という、私ホイホイのタイトルの漫画があったので手にとってみたのですが、最後まで読み進めることができませんでした。

絵は好きな感じなんですけどね。ギャルみたいな先輩は可愛いし、主人公だって変なことしなければ可愛い。

でもこの漫画には、小説家になる方法が載っていない。勝手に期待してた私が悪いんですけど、方法と銘打っておきながら、どこにもハウツーがなかった。

まず主人公なんですけど、なんでこんな設定にしたんだろう。最初は本人にやる気がないけど、徐々にその世界へのめり込んていく、というストーリー展開自体は王道で良いと思うのですが、なぜ主人公を天才にしてしまったのか。

天才の苦悩と栄光を漫画で読みたいなら、曽田正人を読めばいい。曽田さんならきっと、「昴 〜バレリーナになる方法〜」なんてタイトルはつけないでしょう。だって昴ちゃんみたいな燃え尽きるような生き方、普通はできないもん。

そう、響の生き方だって私たちには真似できないんですよ。奇抜すぎて真似したいとも思いませんけど。


つまり、天才じゃなきゃ小説家にはなれないのか。だったら「方法」なんて書かずに、「響」だけでよかった。それなら素直に一人の天才少女の物語として読めたのに。

途中から流し読みだったのでうろ覚えなんですけど、響がある男の人を論破する場面があるんですよ。がっくりと崩折れる彼の部屋の本棚には、小説家になるためのマニュアル本がずらり。

もう無理。

作者は才能コンプレックスでもこじらせてるのでしょうか。努力する一般人を打ちのめして勝ち誇った顔をして、これが現実ですよと突きつけて、一体何をしたいのか。

私のように騙されて読んだ人がたくさんいるから、こんなに売れてるんじゃないかと邪推したくなってしまいます。内容も奇を衒ってるけど平凡で、決して天才的ではないですし。


小説家になる方法を書くなら、主人公は文章の苦手な人間にしたほうが良かったんじゃないかな。本を読む楽しさに触れて、自分でも書いてみようとしたけどうまく行かなくて、試行錯誤を繰り返して、初めて作品を書き上げたことに感動して、初めての落選に打ちひしがれて、それでも書くことが楽しくて、小説家になる方法を自分の力で見つけていく。

そんな漫画が私は読みたかったのに。

奇抜な行動を繰り返し、すました顔で天才をひけらかし、あれよあれよと持ち上げられていく。

響は残念ながら、私には響かなかったよ。