もりすの巣

そこにすべてのことが書かれています

ドブネズミ

もう少しだけ、私が幸福だった頃の話を続けましょう。あの頃大変な悲劇だと嘆いていたことが、まったくのお笑いぐさだとは知る由もなかった、十五の夜の話です。

父が他界し、お店がなくなり、気ままな離れ暮らしもしていられなくなった私は、三匹の子豚なら二ターンめに壊されそうな木造の借家に住んでいました。引っ越し初日からふすまの窓枠にはハエの死骸が仰向けに転がり、畳の上を歩くとジャリジャリ砂のような音がしました。

それでも新たな自分の部屋に喜んだ私ですが、さすがにハウスダストには勝てず、常にティッシュボックスを抱えて生活しなければならないのには参りました。高校時代の記憶がごっそり抜け落ちているのは、ほとんど学校に行ってなかったせいもありますが、一番の理由は鼻づまりで頭にずっと靄がかかっていたせいでしょう。


そんな白昼夢のような高校時代、私はトレーディングカード作りに夢中になっていました。中学のときに買った遊戯王やポケモンカードやギャザリングやデュエルマスターズが無性に懐かしくなり、自作することにしたのです。どれもパック単位で購入していたので対戦するには足りず、また、対戦相手もいませんでした。

中でもお気に入りはギャザリングでした。マークの意味やゲーム中の効果はわからなくても、そのダークな雰囲気は想像力をかき立て、短く綴られたフレーバーテキストは、私を更なる霧の中へといざないました。


フレーバーテキストというのは、特に必須ではない補足情報のことです。たとえばピカチュウのカードがあるとしましょう。イラストの周りには対戦に必要な数値や効果の詳細や、意味ありげなマークが記されています。その空いたスペースの目立たないところにひっそりと、

「嵐だって? なら出かけてもいい。奴らと比べればいくらか大人しいだろうさ」

 ――マサラの狩人 ジョルター

みたいなテキストが添えてあるんですよ。そそりますよね。何か背景に歴史が潜んでいそうな、大げさな「かつて」を匂わせる文章。それがフレーバーテキストです。

鼻づまりの私がティッシュとペンを取っ替え引っ替えしつつ、勉強もせずにせっせと光沢紙に書き込んでいたのが、そのフレーバーテキストです。

当時はフレーバーテキストなんて呼び方は知らなかったのですが、今思うと皮肉なものです。あの頃は匂いなんて感じられる状態じゃなかったのですから。


カードの作り方は簡単。写真印刷用の光沢紙を半分にカットし、雑誌や図鑑や漫画から四角く切り抜いた絵を貼り、自分でもよくわからない効果や数値やマークを書き込み、フレーバーテキストを添えて、見本のギャザリングカードと同じサイズに切り抜いて、カードホルダーに入れるだけ。カードホルダーは裏面が黒いものを使っていました。さすがに一枚ずつ裏に同じ絵を描く気力はありませんでしたから。

お気に入りはドブネズミでした。あの頃は全国的にそうだったのか、うちの町内だけだったのかは知りませんが、ネズミ被害にお困りの方向けの薬品散布業者のチラシが毎日ポスティングされていたのです。

描かれているネズミのイラストにはかなりのバリエーションがありました。電気のコードを囓っていたり、寝静まった枕元でほっかむりをしていたり、子供の耳を噛んでいたり、仰向けになって幽体離脱していたり。もちろんイラストだけではなく写真も添えられていましたが、そっちは解像度が荒く小さかったので使えませんでした。

その頃の私はいつも鼻をすすっており、涙腺が狂って涙目だったのですが、感情は“無”でした。身体の内側が痒くてたまらないけど、掻く方法がないし、苛立っていても解決しないのもわかったし、無駄な抵抗はやめよう、と心のスイッチを切っていたのです。

学校に行けなくもないけど、昼も夜もない生活をしていたため、起きた時間で間に合わなければもういいやと諦めてしまう日々。


ひどい鼻炎を経験した人なら共感できるかもしれませんが、私は光に極端に弱くなりました。日の光ならまだましでしたが、部屋の蛍光灯の明かりがどうしても受け付けなかったので、夜中に作業をする時は行灯に頼っていました。

行灯は引っ越した時から部屋の床の間にありました。家具、家電、行灯つき。二リットルのペットボトルくらいの大きさで、透かす四面は和紙ではなくプラスチック製、コードの半ばのボタンでオンオフできる電球式でした。

勉強机の角に行灯を置き、反射角を調整して向かいに鏡を置き、やたらと影の伸びる黄色っぽい明かりに向かう。そうやって集中している間だけは不思議と鼻づまりを忘れていられたのです。根本的に改善されたわけではないけど、しばらくの間は気にならない。

だから作業はなんでもよかったんです。本を読んだり、ゲームをしたり、そういった受け身の作業よりは手を動かして何か作ってる方が気が紛れたので、カードを作っていたのです。べつにそのカードを何かの役に立てようと思っていたわけではなく、創作過程で頭の靄を晴らすことが目的のすべてでした。


ほとんど無心で制作していたのですが、おなじみドブネズミカードのフレーバーテキストを書き込んだ瞬間、私はひさしぶりに感情による涙を流しました。うっ、と思わずティッシュを引き抜いたのですが、拭ってしまうのがなんだかもったいなく、乾いた鼻をこすりました。

業者に退治され、ひっくり返って目をバッテンにし、天使の輪を飛ばしているネズミの絵に添えた一文。

「やった、死ぬまで生きたぞ」

 ――あるドブネズミの最期

何がそんなに感動したのか、とにかく感情が揺さぶられるという体験が久々だった私は興奮し、そのカードを量産することにしました。

幸い、ドブネズミ駆除のチラシにはうんざりするほどネズミの死が描かれていました。

電線を噛んだネズミの絵を貼り、
「やった、死ぬまで生きたぞ」
――あるドブネズミの最期
と書き込み、
毒餌を喜んで頬張るネズミの絵を貼り、
「やった、死ぬまで生きたぞ」
――あるドブネズミの最期
と書き込み、
赤い×印に圧殺されたネズミの絵を貼り、
「やった、死ぬまで生きたぞ」
――あるドブネズミの最期
と書き込む。

すると不思議なことが起こりました。感動で涙を流していたはずの私は、こらえきれずに吹き出してしまったのです。

繰り返しの天丼ネタはいつの時代も鉄板です。そうなるともう、この文面のどこに感動していたのか意味がわからなくなり、その意味不明さが更に笑いを誘い、しばらくツボから抜け出せなくなってしまいました。

だから私はブルーハーツのあの曲を聴くと、たまにその時のことを思い出して、急に吹き出してしまいそうになるのです。

ドブネズミみたいに、美しくなりたい。

やった、死ぬまで生きたぞ。

 ――あるドブネズミの最期