もりすの巣

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特撮

歯医者に連れられていくのを、幼いころの私はそれほど苦に思ってはいませんでした。大げさに泣き叫ぶ子を見ては微笑ましくも愚かにも思い、なにより不思議に思っていました。なにをそんなに騒ぎ立てる必要があるのだろう、と。

幼いころから私は痛みに強い方でした。ハンマーで殴られても平気だぜ、と豪語できるほどではありませんが、転んだくらいでは泣きません。突発的な痛みよりも、むしろ持続する痛みに弱いタイプでした。今もそうです。

なので歯医者は私にとっては率先して向かうべき場所であり、避けるなんてもってのほかでした。この継続的な痛みを取り除けるのなら、私は改造手術を受けたってかまわない。何日も続く鈍痛に比べれば、一瞬の激痛などとるに足りません。

そんな私の性質を知らなかった母は、歯医者の帰りに罪滅ぼしをするように、ご褒美のお菓子を買ってくれました。普段ならねだっても手に入らない食玩付きのお菓子が、兄弟たちを差し置いてすんなりと買ってもらえる。麻酔も効いてて痛みも感じないし、こんなに得ばかりしても良いものかしらと、少し不安になったくらいです。


グリコに代表されるような、お菓子に付いてるおまけのオモチャに、私は偏愛を抱いていました。お菓子をどれでも自由に選べるなら、とりあえずおまけの付いているものを選ぶ。味は二の次です。お子様ランチそのものよりも、ご飯の山に立った旗で満足する子供でした。

歯医者の帰りに買ってもらったお菓子には、当時放送されていた戦隊ヒーローのロボットの人形がついていました。

箱の裏に描かれた人形の種類一覧に、手に入れたロボットは載っていませんでした。1~6まで番号が振られた見本写真のラストに、シルエットだけ。私のロボットはシークレット、滅多に手に入らないはずのレアものでした。

いよいよ自分の幸運が恐ろしくもなりましたが、それにも増して、嬉しさに有頂天になりました。麻酔が切れて痛みがうずき出してきても、そのせいでお菓子が食べられなくてもまったく気にならず、ロボットの人形を一日中弄んでいました。


隠しキャラ、という言葉に胸がときめいてしまうのはゲーム世代の特徴でしょう。????やシルエットで表示されたキャラを見つけてしまったが最後、それを解放せずにはいられません。

特撮のヒーローにおいても、好きになるキャラは初期メンバーの五人から外れた、追加戦士の六人め。それまでどんなにクールなブルーにぞっこんでも、更に謎めいた戦士が登場した途端、手のひらを返してしまうのです。

そんな追加戦士の操る機体が、私が手に入れたロボットの人形でした。

もう自慢でなりません。初期メンバーの五人が太刀打ちできない敵も、六人めはあっさりと打ち破り、五体のロボが合体して成る巨大ロボにも、六人めのロボは一体の変形で居並ぶどころか凌駕できるのですから。その最強さゆえに、理不尽にも思える理由で離脱させられてしまう、その悲劇的な運命にすら憧れていました。


翌朝、私は保育園へ向かう前に、ポケットへロボットの人形を忍ばせました。どうしても友達に自慢したかったのです。

もちろんオモチャの持ち込みは禁止されていました。どの程度の厳罰が科せられていたのかは知りませんが、バレたら怒られるだろうという自覚はありました。没収されるとか叱られるとかいう実害以上に、悪いことをしているんだという感覚に、私は恐れ戦きました。

ただみんなにも見せてやりたかっただけなのに、保育園についてからは生きた心地がしませんでした。密告を恐れて友人には結局ロボットを見せられず、先生に挨拶をする時は声がうわずりました。講堂の片隅で人目を盗んでロボットを取り出して遊んでみても、家で遊んでいた時ほど面白くありませんでした。巨大怪人やソードやビームの空想もかき消されて、まるで手に持っているロボット自体が悪の組織の陰謀のように感じられました。裏切られた、とその時は思いましたが、実際に裏切っていたのは私だったのでしょう。

いたたまれなくなった私は、砂場にロボットを埋めることにしました。誰にも見られていないか辺りを確認し、プラスチックのスコップで掘れるだけの深さまで砂を掘り、証拠を隠滅しました。

心の重荷を降ろして、それっきりロボットのことは忘れてしまいました。そのうち特撮ヒーローも子供騙しだと軽視するようになり、お子様ランチの旗にも興味をなくしてゆきました。


今になって思うのは、私は自分が思っている以上に罪悪感に弱く、その対処法も消極的だということです。誰に責められてもいないうちから自己嫌悪に苛まれて、それをひた隠しにしてしまう。

六人めの追加戦士が理不尽に退場させられるように、いつか世界から今までのすべてを糾弾されて追い詰められるのではないかと、ありえないことばかりを恐れているのです。

私の一言が誰かを傷つけたのではないか、私が振り払った手が誰かを地獄へ突き落としたのではないか、私のくしゃみに驚いた誰かの心臓が止まったのではないか、そんな罪悪感に勝手に苛まれては辺りを見回し、砂場に罪を埋める。

あの日、歯医者の帰りに喜んだ特別を手放してまで、私は何を守っていたのでしょう。砂場に埋めたロボットを掘り返して先生に謝っても、ぽかんとされるだけだとわかっているのに。


プラスチックのスコップを手に、私は砂場を振り返る。そこにはたくさんのものが埋まっていて、どんなに砂をかけても後から後から溢れてくる。ずっと底に埋まったロボットを掘り返すには、もう手遅れなのだと知る。

いつか世界から糾弾されるその日まで、だから私は砂場を背に、のんきな振りをして生きてゆかなければならないのです。

それが追加戦士の悲しい定めなのですから。